マネーフォワード おまかせ給与計算とは、給与計算業務をAIと専門スタッフが代行するBPOサービスのことです。
マネーフォワードは2026年8月21日、給与計算業務のAI-BPOサービスマネーフォワード おまかせ給与計算を2026年9月より提供すると発表しました(出典:前掲のマネーフォワードプレスリリース)。本記事では、この提供開始を受けて、社会保険労務士事務所が既存の給与計算代行業務をどう見直すか、生成AIを使った判断の進め方を7つの軸に分けて解説します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しており、法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、サービスの内容はマネーフォワードの公表資料で確認しています。同社は本サービスについて、給与・賞与の計算から勤怠データの集計までを対象範囲とし、中堅・大企業の人事労務担当者を主な対象と公表しています(出典:前掲のマネーフォワードプレスリリース)。
給与計算BPO市場に生成AIが参入する2026年の状況
マネーフォワードは2026年8月21日付のプレスリリースで、マネーフォワード おまかせ給与計算を2026年9月より提供開始すると発表しました。同サービスは、給与・賞与の計算から勤怠データの集計に至るまでの一連の業務を、AIの自律処理と専門スタッフの確認によって代行するAI-BPOサービスと位置づけられています(出典:マネーフォワード おまかせ給与計算 提供開始のプレスリリース)。主な対象は中堅・大企業の人事労務担当者とされており、これまで社会保険労務士事務所や記帳代行会社が担ってきた給与計算代行の領域に、クラウド会計・人事労務ソフト大手が自社サービスとして参入した形になります。
給与計算代行は、社会保険労務士事務所にとって顧問契約の中核をなす業務の一つです。勤怠データの集計、社会保険料・源泉所得税の計算、給与明細の発行という一連の作業は、これまで人手による確認工程を前提に価格設定されてきました。マネーフォワードのサービスは、この工程の一部をAIの自律処理に置き換えることで、業務の高速化と属人化の解消をうたっています(出典:前掲のマネーフォワードプレスリリース)。プレスリリースの時点では具体的な料金体系や削減効果の数値は公表されておらず、この点は要確認の論点として残ります。
同種のAI-BPOサービスは、士業のチカラでもこれまで会計・税務分野での参入事例を取り上げてきました。freeeのAIエージェントとAgent Hubでも扱ったように、クラウド会計・労務ソフト各社が、これまで士業事務所が担ってきた定型業務の領域に自社のAIサービスで参入する動きが続いています。給与計算という業務が、ソフトウェアベンダーの直接提供とAIエージェント経由の代行という二つの選択肢を顧問先に示す状況になりつつあることは、社会保険労務士事務所にとって見過ごせない変化です。
顧問先である企業の人事労務担当者が、こうしたAI-BPOサービスの存在を知ったうえで、社会保険労務士事務所への委託を続けるかどうかを検討し始める可能性は十分にあります。だからこそ、事務所側が先んじて自らの業務範囲と提供価値を整理し、AIをどう取り込むかを判断しておく必要があります。
給与計算という業務は、これまで社会保険労務士事務所が顧問契約を通じて提供してきた価値の一部でした。しかし、クラウドサービス側がAIの自律処理を前面に打ち出し、専門スタッフによる確認までを含めて一体で提供する形になると、顧問先が比較対象として意識するのは「価格」と「速さ」になりやすくなります。事務所として対抗するのであれば、価格や速さの土俵で競うのではなく、労務相談や規程整備といった、有資格者でなければ担えない業務の価値を、あらためて言語化しておく必要があります。
給与計算代行の業務範囲を生成AIと見直す7判断軸
ここからは、マネーフォワードのAI-BPOサービス提供開始を受けて、社会保険労務士事務所が給与計算代行の業務範囲を見直す判断を、生成AIを使ってどう進めるかを7つの軸に分けて説明します。有資格者である社会保険労務士本人の最終確認を、判断のどこかで飛ばさない設計にしています。
ここで扱う7つの判断軸は、一度決めて終わりというものではありません。マネーフォワードのようなAI-BPOサービスは今後も機能追加が続くと見込まれ、顧問先の従業員構成が変わるたびに、事務所側の業務範囲や単価設定も見直しの対象になります。半年から1年に一度は7つの判断軸を通しで見直す運用にしておくと、変化への対応が後手に回りにくくなります。
第一の判断軸は、現状の給与計算代行業務の工数の洗い出しです。顧問先ごとに、勤怠データの集計、給与・賞与の計算、社会保険料の算定、給与明細の発行にかかっている作業時間を棚卸しします。この棚卸しの結果は、次の判断軸で触れる契約単価の試算にそのまま使えます。
第二の判断軸は、AIに任せられる範囲と有資格者の判断が欠かせない範囲の切り分けです。勤怠データの集計や定型的な計算のように定型性の高い作業と、社会保険の適用区分の判断や給与規程との整合確認のように専門知識に基づく判断が必要な作業を、事務所として明確に線引きしておきます。以下は、この切り分けを生成AIに手伝わせるプロンプト例です。
あなたは社会保険労務士事務所のアシスタントです。
架空の顧問先A社(従業員80名、パート・有期雇用者を多数含む)について、
給与計算代行業務のうち、AIによる自動化に適した工程と、
社会保険労務士本人の最終確認が欠かせない工程を一覧化してください。
社会保険の適用区分の判断が絡む工程は、必ず後者に分類してください。
第三の判断軸は、既存の顧問先向けサービスの差別化ポイントの言語化です。給与計算の正確さだけでなく、就業規則や労務相談への対応、行政手続の代行、労務トラブルへの助言といった、社会保険労務士でなければ提供できない価値を棚卸しします。
第四の判断軸は、顧問先ごとの契約単価の再試算です。第一の判断軸で洗い出した工数をもとに、AIを取り入れることで削減できる時間と、有資格者の判断工程に残る時間を分けて試算します。給与計算そのものの単価を下げても、労務相談や規程整備といった周辺業務への配分を増やすことで、事務所全体の収益構造を維持できるかを検討します。
第五の判断軸は、事務所内での生成AI活用の検討です。給与計算業務そのものにAIを取り入れるかどうかは別として、勤怠データの一次確認や、給与明細発行前のチェックリスト作成など、有資格者の判断を代替しない範囲での活用余地を洗い出します。AI労務くんPROを社労士事務所に入れるかでも扱ったように、月額費用と、代替できる作業範囲を照らし合わせて判断する進め方が実務的です。以下は、この検討を進めるプロンプト例です。
上記の工程の切り分け結果をもとに、社会保険労務士事務所が
自事務所の給与計算代行業務にAIを取り入れる場合の
導入ステップ案を作成してください。
勤怠データの一次確認など定型工程から着手し、
社会保険の適用区分の判断は最後まで有資格者が行う設計としてください。
第六の判断軸は、顧問先への説明資料の準備です。AI-BPOサービスとの違いを顧問先に説明できるよう、自事務所が提供する価値と、AIに任せる工程・有資格者が担う工程の区分を整理した資料を用意しておきます。
第七の判断軸は、有資格者による最終確認の徹底です。給与計算のどの部分をAIや外部サービスに委ねるとしても、社会保険の適用区分の判断や、給与規程との整合確認は、社会保険労務士本人が最終確認する工程として残します。この工程を省かない設計にしておくことが、顧問先からの信頼を維持する土台になります。
顧問先の給与データを扱う際に決めておく3つのこと
ここでは、給与計算代行業務に生成AIを取り入れる際、社会保険労務士事務所として決めておきたい論点を3つに整理します。
一つ目は、社会保険労務士自身の秘密を守る義務の根拠です。社会保険労務士法第21条は、開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員が、正当な理由なくその業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないと定めています。顧問先の給与データや従業員の個人情報は、この条文が対象とする秘密に含まれ得る情報です。
二つ目は、クラウドサービスやAIツールのデータ利用方針の確認です。給与データをAIエージェントや外部ツールに処理させる以上、そのデータがどう扱われ、学習にどう使われるかを各サービスの公式ドキュメントで確認しておく段階です。
三つ目は、顧問先への説明と同意の実務です。給与データの処理に新しいツールやAIを取り入れる場合、どの範囲のデータを、どのツールで、どう扱うかを顧問先にあらかじめ説明しておく運用が実務上の起点になります。個人情報の保護に関する法律第25条は、個人データの取扱いを委託する場合、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならないと定めており、顧問先企業自身がこの監督義務を負う立場にあることも、説明資料に含めておく価値があります。
四つ目は、事務所内での利用ルールの整備です。どのツールを誰がどの範囲で使うかという運用ルールを、口頭ではなく文書として整備し、顧問先への説明にも使えるようにしておきます。次章で触れる失敗例の多くは、この整備が後回しになったことに起因します。
AI活用でつまずく2つの失敗例と回避策
給与計算業務にAIやクラウドサービスを取り入れる際に起きがちな失敗を、2つ紹介します。
一つ目は、事務所内でツール利用が野良化し、誰がどのデータをどのツールに入力したか追えなくなるケースです。担当者ごとに個人で契約した生成AIツールを使い始め、事務所として利用実態を把握できなくなる状況は、顧問先データの管理体制そのものへの信頼を損ないます。回避策は、事務所として承認したツールの一覧を作り、それ以外のツールへの顧問先データの入力を明確に禁止する運用を、第五の判断軸で触れた検討と合わせて整えておくことです。
二つ目は、AI-BPOサービスとの価格競争に単純に応じてしまい、有資格者の判断が必要な工程まで値引きの対象にしてしまうケースです。給与計算の作業時間そのものは削減できても、社会保険の適用区分の判断や労務相談といった専門性の高い業務まで同じ単価で扱ってしまうと、事務所の収益構造を崩しかねません。回避策は、第四の判断軸で触れた契約単価の再試算を、業務ごとに切り分けて行うことです。
三つ目は、顧問先への説明を後回しにしたまま、事務所内の業務フローだけをAIツールに合わせて変えてしまうケースです。顧問先からすれば、給与明細の発行元や確認の流れが急に変わったように見え、問い合わせが増える原因になります。回避策は、第六の判断軸で触れた説明資料を、ツールの切り替え前に用意しておくことです。
費用・工数・体制をどう見積もるか
給与計算代行業務にAIツールを取り入れる際の費用は、利用するツールやサービスの契約形態によって幅があります。マネーフォワードのAI-BPOサービス自体は、2026年8月21日時点のプレスリリースで具体的な料金体系が公表されておらず、この点は要確認です(出典:前掲のマネーフォワードプレスリリース)。
事務所内でAIツールを試験的に導入する場合の初期工数としては、第二の判断軸で触れた工程の切り分け作業に、顧問先ごとに数時間程度を見込んでおくと計画が立てやすくなります。運用を誰が持つかについても、担当者任せにせず、事務所として利用ルールの策定と見直しを担当する役割を決めておくことが望ましい進め方です。
体制面では、AIツールの利用ルールを策定する担当者と、顧問先ごとの契約単価を見直す担当者を分けて置くか、同一人物が兼務するかによって、見直しにかかる期間が変わってきます。顧問先数が多い事務所ほど、優先度の高い顧問先から段階的に契約単価の見直しを進める運用のほうが、現場の負担を抑えやすくなります。導入直後は、AIによる集計結果と従来の手作業による集計結果を並行して確認する期間を設けておくと、有資格者の最終確認に要する時間の見積もりも精度が上がります。
AI-BPOサービス参入が示す今後の展望
クラウド会計・人事労務ソフト大手が、給与計算という具体的な業務領域にAI-BPOサービスとして参入した今回の動きは、社会保険労務士事務所にとって、業務範囲の再定義を迫る契機になります。給与計算そのものの自動化が進むほど、有資格者にしかできない判断業務への価値のシフトが、事務所経営における論点になります。同種のサービスが他の業務領域でも登場する可能性があり、事務所として自らの提供価値を継続的に見直す運用が必要になると見込まれます。
給与計算に続いて、勤怠管理や社会保険手続の一部領域でも、同様のAI-BPO型サービスが登場する可能性は否定できません。事務所として一つの業務領域の防衛策を考えるだけでなく、複数の業務領域で同時に同じ構図が起きた場合にどう対応するかを、あらかじめ検討しておく価値があります。
よくある質問
AI-BPOサービスに顧問先を奪われることはありますか
顧問先がAI-BPOサービスへの切り替えを検討するかどうかは、事務所が提供する価値をどれだけ明確に示せるかによって変わる論点です。給与計算の作業だけでなく、労務相談や規程整備といった有資格者ならではの価値を、顧問先に伝えられているかが分かれ目になります。
給与データを生成AIツールに入力してよいですか
入力の可否は、各ツールのデータ利用方針を確認したうえで判断する論点です。社会保険労務士法第21条が定める秘密を守る義務との関係もあわせて、事務所として顧問先への説明をどう行うかを決めておく段階です。
小規模な事務所でもAI活用を検討する価値はありますか
顧問先数が少ない事務所でも、工数の洗い出しと業務の切り分けは着手しやすい取り組みです。ただし、削減できる時間の大きさは顧問先の従業員規模や勤怠管理の複雑さによって変わるため、自事務所の顧問先構成に照らして試算しておく価値があります。
社会保険の適用区分の判断までAIに任せてよいですか
社会保険の適用区分の判断は、本記事で扱う7判断軸のいずれにおいても、有資格者本人が最終確認する工程として位置づけています。AIが下書きや一次集計を担うとしても、適用区分そのものの判断を切り離さない設計が実務上の前提になります。
マネーフォワードのサービスは社会保険労務士の資格を持つ担当者が対応しますか
2026年8月21日付のプレスリリースには、担当スタッフの資格要件についての記載がなく、要確認の論点です。導入を検討する顧問先がある場合は、公式窓口に直接確認しておく運用が実務的です。
顧問先が複数のAI-BPOサービスを比較検討している場合、どう対応すればよいですか
比較検討の段階で事務所として提供できるのは、価格表だけでは伝わらない部分、つまり労務相談への対応実績や、規程整備での個別対応の実績です。第三の判断軸で棚卸しした差別化ポイントを、顧問先ごとの状況に合わせて具体的に説明できるようにしておくことが実務的な対応になります。
参考文献
- マネーフォワード おまかせ給与計算 提供開始のプレスリリース(2026年8月21日)
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第25条
- freeeのAIエージェントとAgent Hub 税理士事務所が見直す業務7判断軸
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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