生成AI利用規程とは、事務所内でAIを使う範囲と手順を定めた内部文書のことです。
他事務所の規程をそのまま借りてくると、自分の職種に合わない条文が混ざります。この記事では、生成AI利用規程を共通部分と職種別部分に割り、8士業それぞれで何が変わるのかを7手順で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。総務省と経済産業省のAI事業者ガイドライン(第1.2版)は令和8年3月31日付で公表されており、事務所規程の上位参照先として使えます。
規程を共通部分と職種別部分に割る
結論から書くと、生成AI利用規程の8割は職種を問わず共通で、残りの2割が職種ごとに変わります(出典: 本記事の整理であり、公表統計ではありません)。この割り方を先に決めておかないと、他士業の雛形を丸写しした規程になります。
共通部分にあたるのは、利用可能なツールの列挙、アカウントの管理方法、入力してよい情報の範囲、出力の検証手順、ログの保存期間、違反時の報告ルート、規程の見直し周期です。これらはどの職種でも構造が同じで、埋める内容だけが変わります。上位の参照先としてAI事業者ガイドライン(第1.2版)の考え方を置くと、顧問先に説明するときの筋が通ります。参照元の系統立ては生成AIガイドラインの参照元を5系統に整理 事務所規程に落とす7手順で扱っています。
もうひとつ、規程の位置づけも先に決めておきます。就業規則の附属規程として置くのか、独立した内部規程として置くのか、あるいは既存の情報セキュリティ規程に章を足すのか。事務所の規模によって扱いやすい形が変わります。職員が数名規模の事務所では、独立した文書を1本増やすより、既存の情報セキュリティ規程に生成AIの章を追加するほうが運用が続きます。逆に、複数拠点や複数の有資格者がいる事務所では、独立した規程として見直し履歴を残せる形にしておくほうが、後から改定の経緯を追えます。
規程を作る順序にも向き不向きがあります。条文から書き始めると抽象的な文章が並び、現場で使えない文書になります。先に、いま職員が実際にどのツールで何をしているかを聞き取り、その実態を条文に翻訳していく順序のほうが、規程と運用のずれが小さくなります。聞き取りの段階で、想定していなかった使い方が見つかることも珍しくありません。
職種別に変わるのは、4つです。第1に、守秘義務の根拠条文。第2に、職能団体が出している指針の有無と内容。第3に、業際の線引き。第4に、扱う情報の性質です。この4つが、規程の条文の書きぶりを分けます。
守秘義務の根拠条文は、職種ごとに別の法律に置かれています。弁護士法第23条、税理士法第38条、公認会計士法第27条、司法書士法第24条、行政書士法第12条、社会保険労務士法第21条、弁理士法第30条がそれにあたります。文言も微妙に違い、漏らしてはならないとするものと、漏らし又は盗用してはならないとするものがあります。規程に条文を引用する際は、自分の職種の条文をe-Gov原文で確認して貼るのが安全な方法です。
例外が中小企業診断士です。中小企業支援法には経営診断の業務に従事する者の登録(第11条)と試験(第12条)の定めはありますが、他士業のような罰則付きの秘密保持規定は見当たりません。診断士の規程では、契約書の秘密保持条項を根拠として明記する構成になります。
8士業の差分を埋める7手順
ここからが作業です。7手順で進めます。手順のなかで生成AIに下書きさせる部分と、有資格者が判断する部分を分けています。
第1手順は、自分の職種の守秘義務条文をe-Gov原文で確認して控えることです。条番号と条見出し、本文をそのまま写します。記憶で書くと、改正による条ずれを拾えません。ここはAIに任せず、原典を開きます。
第2手順は、職能団体の指針を確認することです。日本弁理士会は公式サイトで弁理士業務におけるAI利活用に関する指針を公表しています。全国社会保険労務士会連合会は公式サイトで会員向けの資料を出しています。日本税理士会連合会は公式サイト、日本公認会計士協会は公式サイト、日本弁護士連合会は公式サイト、日本司法書士会連合会は公式サイト、日本行政書士会連合会は公式サイトにそれぞれ情報が置かれています。会員限定で公開されているものもあるため、自会の会員ページから確認する流れになります。
第3手順は、扱う情報の棚卸しです。職種によって、事務所に集まる情報の性質が変わります。弁護士は相手方の情報と事件の見通し、税理士は決算書と申告データ、社労士は個人の給与と健康情報、司法書士は戸籍と不動産の権利関係、弁理士は出願前の発明内容、行政書士は許認可申請の事業情報、公認会計士は監査対象会社の未公表情報、診断士は経営計画と資金繰りです。この棚卸しが、入力可否の条文に直結します。
第4手順は、業務類型ごとに入力可否を決めることです。情報の棚卸しをもとに、クラウドのAIに入れてよい類型、匿名化すれば入れてよい類型、入れない類型の3段階に振り分けます。ここは有資格者が判断します。弁理士であれば、出願前の発明内容を外部サービスに入れると新規性の観点で影響が出る可能性があるため、他職種より厳しい線を引くことになります。
第5手順は、出力の検証手順を書くことです。誰が、何を、どこまで確認してから成果物に反映するのか。生成AIが存在しない条番号を出力するリスクは職種を問わず共通なので、原典確認の工程を規程のなかに明記します。
第6手順は、ログと記録の設計です。誰がいつ何を入力したかを追える状態にします。保存期間は、事務所の記録保存の実務に合わせます。
第7手順は、周知と研修です。規程を配っただけでは運用は変わりません。職種別のカリキュラム設計は士業事務所の生成AI職員研修 職種別カリキュラムを7段階で設計するにまとめています。
7手順を通すと、初回の規程作成に10時間から15時間程度かかる想定です(出典: 本記事の想定値であり、公表統計ではありません。事務所で実測して置き換えてください)。このうち半分は第3手順と第4手順、つまり自分の事務所が何を扱っているかの整理に使われます。
プロンプト例を2本置きます。
あなたは士業事務所の内部規程づくりを補助するアシスタントです。
以下の条件で、生成AI利用規程の「入力可否」の条文案を作成してください。
法令の解釈や当てはめは行わず、運用ルールの記述にとどめてください。
判断が必要な箇所は[有資格者判断]と明記してください。
事務所の条件:
- 職種: [弁護士/税理士/社労士 など]
- 職員数: [ ]名
- 扱う主な情報: [ ]
- 契約しているAIサービス: [ ]
出力形式:
1. クラウドAIに入力してよい業務類型
2. 匿名化を条件に入力してよい業務類型
3. 入力しない業務類型
4. 各類型の判断理由(事実ベースで簡潔に)
以下の規程案を読み、抜けている項目を列挙してください。
新しい条文を創作せず、一般的な内部規程に含まれる項目のうち、
この案に存在しないものだけを指摘してください。
指摘には、なぜその項目が要るかを1文で添えてください。
規程案:
(ここに現在の規程案を貼付)
生成AIが出した条文案をそのまま規程にするのは避けます。特に、職種固有の業際の線引きは学習データ由来の一般論が混ざりやすく、自分の職種の指針と食い違うことがあります。条文案は叩き台として使い、条文の採否は有資格者が決めます。
守秘義務の条文が規程のどこに効くか
規程のなかで守秘義務の条文が効くのは、3か所です。
1か所目は、入力可否の判断基準です。条文は、業務上知り得た秘密を漏らしてはならないという構造を共通して持っています。そこから直ちに、クラウドAIへの入力が漏示にあたるかどうかの結論が出るわけではありませんが、事務所として入力先のデータの扱いを把握しているかどうかが、説明の足場になります。把握していない状態のまま入力している運用は、後から経緯を説明する材料がありません。
2か所目は、退職者の扱いです。条文の多くは、資格者でなくなった後についても同様とする旨を定めています。行政書士法第12条は行政書士でなくなった後も同様とすると定め、公認会計士法第27条も公認会計士でなくなった後であっても同様とすると定めています。規程では、退職時のアカウント停止と履歴の扱いを条文化しておく構成が扱いやすくなります。
3か所目は、補助者の扱いです。資格を持たない職員が入力作業を担う場面が実務では多くなります。守秘義務の条文は資格者を名宛人にしていますが、事務所としては雇用契約と内部規程で補助者にも同等の取扱いを課す形になります。ここを規程に書いていないと、補助者が個人アカウントで作業しても止める根拠がありません。
入力先の事業者がデータをどう扱うかは、公式ドキュメントで確認します。OpenAIはEnterprise privacyで、APIおよびビジネス向けプランの入力データを既定では学習に使用しないと説明しています。AnthropicもPrivacy Centerでデータの取り扱いを公開しています。プランによって扱いが変わるため、規程には契約プラン名まで書き込んでおくと、更新のたびに確認する習慣がつきます。ベンダーへの確認項目はAIツールのベンダーに何を聞くか 士業事務所の確認7項目と質問文にまとめています。
顧問先への説明も、規程と連動させます。委任契約書や顧問契約書に、AIを補助的に利用する旨とその範囲、最終責任は有資格者が負う旨を書き加えている事務所があります。既存契約の変更手続をどう回すかまで設計しないと、新規受任分だけ条項が入り、既存顧問先が空白のまま残ります。
規程づくりで起きやすい4つの失敗
1つ目は、他職種の雛形を丸写しする失敗です。インターネット上で見つかる士業向けの規程雛形は、多くが弁護士事務所向けか一般企業向けです。守秘義務の根拠条文が違うまま流用すると、条文番号の誤記が規程に残ります。共通部分は流用してよいのですが、第1手順と第2手順の出力だけは自分の職種で作り直します。
2つ目は、禁止事項だけを並べる失敗です。使ってよいツールを用意せずに禁止だけを書くと、職員は個人アカウントに逃げます。事務所契約のアカウントを全員に配り、使える道具を先に示してから禁止を書く順序が、実効性の観点では回ります。
3つ目は、規程を作って終わりにする失敗です。AIサービスの仕様とプランは短い周期で変わります。半年に一度の見直し周期を規程自体に書き込んでおかないと、1年後には実態と合わない文書になります。見直しの担当者も規程内で指名しておきます。
4つ目は、規程の粒度を細かくしすぎる失敗です。ツール名を条文に直接書き込むと、サービスが名称変更やプラン改定をするたびに規程改定が必要になります。本体には類型で書き、具体的なツール名は別表に切り出して、別表だけを差し替えられる構成にしておくと保守が楽になります。
規程づくりにかかる費用と体制
費用面では、規程作成そのものに直接の費用は発生しません。必要になるのは、事務所として契約する生成AIのビジネスプランで、1ユーザーあたり月額数千円規模が目安になります(出典: 本記事の想定レンジであり、公表統計ではありません。金額は各社の公式料金ページで確認してください)。外部の専門家に規程レビューを依頼する場合は別途費用が発生しますが、自事務所の業務を最も知っているのは自分たちなので、叩き台は内製するほうが実態に合います。
工数面では、初回の作成に10時間から15時間、その後の半年ごとの見直しに2時間程度という想定です(出典: 本記事の想定値であり、公表統計ではありません)。初回の負担は第3手順の情報棚卸しに集中します。
体制は、有資格者1名と事務長またはそれに準ずる職員1名の2名で回せます(出典: 本記事の想定構成です)。有資格者が業際と入力可否を判断し、事務長がアカウント管理とログ設計を持つ分担が、責任の所在をはっきりさせやすい形になります。
規程の次の更新で論点になること
第1の論点は、AIエージェントの扱いです。人が都度プロンプトを入力する使い方から、AIが複数の工程を続けて実行する使い方へ移ると、入力可否だけの規程では足りなくなります。どこまでを自動で進めてよいか、どの時点で人が確認するかという承認の設計が、次の条文の対象になります。
第2の論点は、ログの保管範囲です。プロンプトと出力の両方を残すと、それ自体が顧客情報の集積になります。何を残し、何を残さないかを決める段階に入ってきます。
第3の論点は、職能団体の指針の更新です。各団体の指針は改定が続いており、事務所規程が参照している版が古くなると、根拠が実態とずれます。規程の見直し時に、参照している指針の版を確認する工程を入れておく必要があります。
よくある質問
生成AI利用規程は事務所に必要ですか
必要かどうかは事務所の判断ですが、規程がない状態では、職員がどのツールに何を入力してよいかの基準が個人の裁量に委ねられます。AI事業者ガイドライン(第1.2版)は、AIを利用する事業者に自主的な取組を促す構成になっており、内部ルールの整備はその一環に位置づけられます。
他事務所の規程をそのまま使ってもよいですか
共通部分は参考にできますが、守秘義務の根拠条文と職能団体の指針は職種ごとに異なるため、その部分は作り直す形になります。条文番号が違うまま残っている規程は、顧問先に見せたときの信頼を損ないます。
中小企業診断士にはどの条文を書けばよいですか
中小企業支援法には他士業のような罰則付きの秘密保持規定が見当たらないため、契約書の秘密保持条項を根拠として明記する構成になります。登録と試験の根拠は第11条と第12条にあります。
補助者や事務職員にも規程は及びますか
規程の適用範囲に補助者を含める書き方をしている事務所があります。守秘義務の条文自体は資格者を名宛人にしているため、補助者への拘束は雇用契約と内部規程で作る形になります。
規程はどれくらいの頻度で見直せばよいですか
AIサービスの仕様変更の速度を考えると、半年に一度という周期を規程自体に書き込んでいる事務所があります。見直しの担当者も規程内で指名しておくと、周期が形骸化しにくくなります。
ツール名を規程に書くべきですか
本体には業務類型で書き、具体的なツール名とプラン名は別表に切り出す構成が保守しやすくなります。サービス名やプランが変わるたびに規程本体を改定する必要がなくなります。
規程を作ったことを顧問先に伝えたほうがよいですか
伝えている事務所があります。AIを使っているかどうかを顧問先から問われる場面が増えており、規程があること自体が説明材料になります。契約書にAI利用の範囲を明記する運用と併せると、説明の一貫性が出ます。
参考文献
- 総務省・経済産業省 AI事業者ガイドライン掲載ページ
- e-Gov法令検索 弁護士法第23条
- e-Gov法令検索 税理士法第38条
- e-Gov法令検索 公認会計士法第27条
- e-Gov法令検索 司法書士法第24条
- e-Gov法令検索 行政書士法第12条
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 弁理士法第30条
- OpenAI Enterprise privacy
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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