AI利用の明示とは、成果物の作成に生成AIを使った旨の顧客への通知のことです。
顧問先から、この書面はAIが作ったのかと聞かれたら、事務所として何と答えるでしょうか。聞かれてから考えると、答えが担当者ごとにばらつきます。本記事は、成果物への生成AI利用をどこまで伝えるかを事務所として決め、同意の取り方と説明の文面を運用に落とすまでの手順を扱います。士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁・委員会の公表資料で確認しています。
明示を巡る前提を先に整理する
結論から書くと、士業の成果物に生成AIを使ったことを顧客へ伝えるよう一律に求める法令上の規定は、公表されている範囲では見当たりません。一方で、行政のガイドラインは透明性とアカウンタビリティを原則に掲げており、事務所が自主的に方針を決める領域として残っています。
土台になるのがAI事業者ガイドライン(第1.2版)です。総務省と経済産業省が策定したもので、AIを利用する事業者に対して、関係者への情報提供や説明のあり方を含む共通の指針を示しています。士業事務所も、AIを業務に使う限りは利用者としてこの枠に入ります。ガイドラインの読み解き方と事務所規程への落とし方はAI事業者ガイドライン第1.2版が士業に効く 事務所規程へ落とす7手順で整理しています。
もうひとつの起点が、個人情報保護委員会が公表した生成AIサービスの利用に関する注意喚起です。同委員会の公表資料は、生成AIサービスへ個人情報を入力する場面での留意点を示しています。事務所が顧問先の情報を入力する場面では、利用目的との関係が論点になります。個人情報保護法第17条は、個人情報を取り扱うにあたって利用目的をできる限り特定することを定めており、同法第21条は、取得した場合にあらかじめ公表している場合を除き、速やかに利用目的を本人に通知し、または公表することを定めています。
ここで、二つの話を分けて考えておく必要があります。ひとつは、顧問先から預かった情報を生成AIに入力することの説明。もうひとつは、事務所が作る成果物の作成過程に生成AIを使ったことの明示です。前者は個人情報の取扱いと守秘義務の話で、後者は成果物の品質と説明責任の話になります。同じくAIを使っているという説明でも、顧客が受け取る意味は違います。
実務では、この二つを一枚の書面で扱おうとして混乱が起きます。入力の可否は契約時に取り決める性質のもので、成果物への利用明示は納品のたびに関わる性質のものです。文書を分けておくと、後から方針を変えるときにも片方だけを差し替えられます。AIの出力に誤りがあった場合の説明のあり方はAIレビュー結果の説明責任と免責でも扱っており、明示の方針はその手前に置く設計になります。
同意と説明を事務所業務に組む7工程
設計の順番は、方針を決めてから文書を作る、です。文面から入ると、後から例外が次々に出てきて書き直しになります。
第一工程は、業務類型ごとにAIの関与度合いを棚卸しすることです。調査の下読み、書面の下書き、チェックリストの生成、議事録の要約。関与の深さは業務で違います。全部を同じ扱いにすると、明示の文面が実態から離れます。
第二工程は、明示する範囲の線を引くことです。実務では三つの型が見られます。第一の型は、契約時に事務所全体の方針として一度伝え、個別の成果物では触れない形。第二の型は、AIの関与が深い成果物についてのみ個別に伝える形。第三の型は、すべての成果物に定型の注記を付す形です。どの型を採るかは、顧客層と業務の性質で変わります。
第三工程は、入力に関する同意の取り方を決めることです。顧問先の情報を外部サービスへ入力する場面では、契約書または覚書で扱いを定めている事務所があります。入力先のサービス名を列挙する方式と、事務所が定める基準を満たすサービスに限ると書く方式では、後者のほうが運用の柔軟性が残ります。ただし基準の中身を説明できる状態にしておかないと、抽象的な同意になります。
第四工程は、説明文面の作成です。ここで生成AIを使えます。顧客が読んで分かる粒度に落とすのが目的なので、専門用語の言い換えを中心に組みます。
あなたは士業事務所の文書作成を補助するアシスタントです。
以下の方針メモをもとに、顧問先向けの説明文を400字程度で作成してください。
方針メモ:
- 事務所では書面の下書きや調査の下読みに生成AIを利用する場合がある
- 顧問先から預かった情報のうち、外部サービスへ入力する範囲は事務所の基準で限定する
- 成果物の内容は有資格者が確認したうえで納品する
- 利用するサービスは、入力データを学習に利用しない設定で運用する
条件:
- 断定的な法的評価や、品質の保証をうかがわせる表現は使わない
- 専門用語は初出で一言の補足を付ける
- 方針メモに無い事実(サービス名・数値・日付)は追加しない
- 末尾に問い合わせ先の案内を1行入れる
第五工程は、社内の運用ルールへの反映です。説明文を作っても、現場で誰がいつ渡すかが決まっていないと配られません。契約時の説明資料に綴じ込むのか、初回面談で口頭でも触れるのか。担当者が交代したときに同じ説明ができる状態にしておく設計が要ります。
第六工程は、記録の設計です。いつ誰に説明し、どの版の文面を渡したかを残します。文面は改定されるものなので、版を残していないと、後から何を伝えたかが分からなくなります。契約書の付属文書として版番号を振っている事務所があります。
第七工程は、有資格者による最終確認と定期見直しです。説明文の内容が実際の運用と合っているかを、半年から一年の周期で点検します。ツールを入れ替えたのに文面が古いままだと、書いてあることと実態がずれます。点検のときは、実際に使っているツールの一覧と文面を突き合わせます。
文面と実態の突き合わせは、次のような形でAIに下読みさせると抜けが減ります。
次の2つを比較し、食い違いを抽出してください。
A: 顧問先へ配布している説明文
B: 事務所で実際に使用しているAIツールの一覧と用途メモ
出力は以下の3分類で、該当箇所を引用しながら並べてください。
1. Aに書いてあるがBに見当たらない記述
2. Bにあるのに、Aでは触れられていない用途
3. 表現が曖昧で、読み手によって解釈が分かれそうな箇所
推測での補完は行わず、判断できない項目は「要確認」としてください。
明示の方針を決めるときに迷いやすいのが、有資格者が最終確認している成果物にまで注記を付けるかどうかです。注記を付ける事務所は、顧客の納得感と後からの説明のしやすさを理由に挙げます。付けない事務所は、最終的な責任は有資格者が負っており、作成過程の道具立てを一つひとつ列挙する慣行が従来から無いことを理由に挙げます。どちらにも筋が通っており、事務所として立場を決めておくこと自体が要点になります。
守秘義務と個人情報の線をどこに引くか
先に結論を書くと、明示の議論より先に決めておきたいのは、そもそも何を入力するかの線引きです。入力の範囲が決まっていないのに明示の文面だけを整えると、書いてある内容を運用が裏切ります。
守秘義務の根拠条文は職種ごとに置かれています。弁護士法第23条は職務上知り得た秘密の保持を、税理士法第38条は税理士業務に関して知り得た秘密を洩らし、または窃用してはならないことを定めています。社会保険労務士法第21条、司法書士法第24条、弁理士法第30条、公認会計士法第27条にも同趣旨の規定が置かれています。外部サービスの利用がこれらの条文との関係でどう評価されるかは、利用形態や同意の有無を含めて個別に検討される論点です。
個人情報の側では、利用目的との関係が起点になります。顧問先から取得した情報を、業務遂行のためにAIサービスへ入力することが、あらかじめ特定・公表した利用目的の範囲に収まるか。個人情報保護法第17条が利用目的の特定を、同法第21条が取得時の通知等を定めているため、事務所のプライバシーポリシーの記載を見直す契機になります。第三者提供にあたるかどうかは、サービスの提供形態によって整理が変わる領域で、個人情報保護委員会の公表資料を参照しながら判断することになります。
実務としては、入力の可否を三層に分けると整理しやすくなります。第一層は、公開情報のみを入力する作業。第二層は、顧客を特定できない形に加工した情報を入力する作業。第三層は、実データを入力する作業で、ここは顧問先への説明と同意、入力先の選定が前提になります。明示の文面は、この三層のどこまでを事務所が行うかを反映した内容にしておくと、説明が実態とずれません。
個人情報保護委員会の注意喚起の読み方は個人情報保護委員会の生成AI注意喚起を読む 事務所の入力ルールに翻訳する5つの観点にまとめています。参照すべきガイドラインが複数系統にまたがる点は生成AIガイドラインの参照元を5系統に整理 事務所規程に落とす7手順で扱いました。
業務類型ごとの棚卸しでは、AIが出力したものをそのまま使う工程と、人が手を入れる工程を分けて記録しておくと後の判断が楽になります。前者が残っている工程は、明示の要否を検討する優先度が高くなります。後者しか無い業務であれば、道具の一つとして扱う整理も成り立ちます。この仕分けを最初にやっておくと、説明文の粒度を決める議論が短く済みます。
なお、顧客側から先に質問が来る場面も増えています。その場でどう答えるかを決めていない事務所では、担当者が場当たりに答えることになり、後から事務所の方針と食い違うことが起きます。想定問答を数本だけ用意し、全員が同じ趣旨で答えられる状態にしておくのが、最小限の備えになります。
明示の運用で起きやすい3つの失敗
ひとつめは、文面が抽象的すぎて何も伝わらない失敗です。業務効率化のためにAI技術を活用しています、とだけ書いた説明文は、読んだ顧客が自分の情報がどう扱われるかを判断できません。抽象度を下げるほど改定の頻度は上がりますが、説明として機能するのは具体を含む文面のほうです。用途を業務類型で示し、入力範囲の考え方を一文で添える構成が、落としどころになりやすい形です。
ふたつめは、文面と運用がずれたまま放置される失敗です。ツールの入れ替えは現場判断で進みやすく、説明文の改定は誰も担当していないという状態が起きます。結果として、契約時に渡した文面に載っていないサービスを使っている状況になります。ツール追加の承認と説明文の点検を同じ手続きに結び付けておくと、ずれが溜まりにくくなります。
みっつめは、明示が品質の免責になると考えてしまう失敗です。AIを使った旨を伝えたことと、成果物の内容について事務所が負う責任は、別の軸の話です。説明文にAI利用の記載があることを理由に、確認工程を薄くする運用へ流れると、本来の趣旨から離れます。明示の文面には、有資格者が確認したうえで納品する旨を併記している事務所があります。
説明にかかる工数と料金への織り込み方
工数の山は、初回の方針決めと文面作成に集中します。一度作れば、新規契約時の説明は数分で終わる性質の作業です。逆に、方針を決めずに個別対応を続けると、案件ごとに判断のやり直しが発生し、そちらのほうが積み上がります。
料金への織り込みは、直接の課金項目にするより、契約書の付属文書として無償で配る形が一般的です。説明そのものに課金する設計は、顧客から見ると分かりにくくなります。むしろ差が出るのは、AIを使うことで短縮した工数を報酬にどう反映するかという別の論点で、これは事務所の価格設計の話になります。
担当の置き方としては、説明文の管理者を一人決めておく形が扱いやすくなります。改定のたびに版番号を振り、配布済みの顧問先に対して次回面談時に差し替えるかどうかを判断する。管理者が不在だと、改定はしたが誰にも配られていないという状態が生まれます。点検の周期は、ツールの入れ替え頻度に合わせて決めます。
明示が選ばれる条件になる可能性
ここから先は考察です。生成AIの利用が事務所の側で当たり前になるほど、顧客の関心は使っているかどうかから、どう使っているかへ移っていきます。使っていることを隠す事務所より、どこまで使い、どこを人が見ているかを言語化できる事務所のほうが、説明の場で強い立ち位置になる可能性があります。
もうひとつの論点は、顧客側の要請です。上場企業やその取引先では、委託先に対してAI利用の状況を確認する動きが出ています。委託先管理の枠組みでAIの利用状況を聞かれたとき、既に文書化してある事務所は回答が早く済みます。文書が無い事務所は、その都度社内で確認することになります。
行政の枠組みも動いている領域です。AI事業者ガイドラインは改定を重ねており、透明性に関する記載の具体化が進む可能性があります。現時点で確定していない部分を先回りして書き込む必要はありませんが、改定があったときに参照している箇所がどこかを把握しておくと、文面の更新が早くなります。参照元を控えておくこと自体が、事務所の運用の一部になります。
よくある質問
成果物にAIを使ったことを伝える法令上の規定はありますか
公表されている範囲では、士業の成果物について一律の明示を求める規定は見当たりません。ただしAI事業者ガイドライン(第1.2版)は透明性とアカウンタビリティを共通の指針として掲げており、事務所が自主的に方針を決める領域として残っています。
契約時の同意と、納品時の明示は分けたほうがよいですか
分けて設計している事務所があります。前者は顧問先情報を外部サービスへ入力することの取り決めで、後者は成果物の作成過程に関する説明です。性質が違うため、一枚の書面に混ぜると改定のたびに全体を作り直すことになります。
説明文にはどこまで具体的に書けばよいですか
用途を業務類型で示し、入力範囲の考え方を一文添える構成が、説明として機能しやすい形です。サービス名まで列挙すると具体性は上がりますが、入れ替えのたびに改定が発生します。基準を示す方式と列挙する方式のどちらを採るかを、事務所として決めておくことになります。
顧問先の情報をAIに入力する前に同意を取る規定はありますか
入力の場面で直接関係するのは利用目的に関する規定です。個人情報保護法第17条が利用目的の特定を、同法第21条が取得時の通知等を定めています。第三者提供にあたるかどうかはサービスの提供形態によって整理が変わるため、個別に検討される論点です。
明示すると顧客が不安に思いませんか
伝え方によります。使っている事実だけを伝えると不安を招きやすく、どこまでAIが担い、どこを有資格者が見ているかを併記すると受け止め方が変わる、という声が実務では聞かれます。線引きを示す構成にしておくほうが、説明の場で質問に答えやすくなります。
既存の顧問先にも改めて説明が要りますか
契約内容と、これまでの説明の有無によって変わります。次回の面談や更新のタイミングで説明文を渡す運用にしている事務所があります。遡って個別に連絡するかどうかは、入力しているデータの性質を踏まえて有資格者が判断する領域です。
説明文はどのくらいの頻度で見直せばよいですか
ツールの入れ替えと、参照しているガイドラインの改定が起点になります。半年から一年の周期で、実際に使っているツールの一覧と文面を突き合わせる点検を置いている事務所があります。点検日と版番号を残しておくと、次回の作業が軽くなります。
参考文献
- 総務省 AI事業者ガイドライン(第1.2版)
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 弁護士法第23条(秘密保持の権利及び義務)
- e-Gov法令検索 税理士法第38条(秘密を守る義務)
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条(秘密を守る義務)
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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