M&AのDD資料をAIで整理する 守秘義務を崩さない7工程

事業承継・M&Aのデューデリジェンス資料を生成AIで整理する際の7工程を、中小M&Aガイドライン第3版と守秘義務の条文をもとに整理しました。資料の区分、投入先の決定、案件終了後の処理まで扱います。

M&AのDD資料をAIで整理する 守秘義務を崩さない7工程

デューデリジェンスとは、対象会社のリスクを精査するために行う調査のことです。

事業承継やM&Aの案件で、段ボール何箱分もの資料をどう捌くか。ここに生成AIを入れたい気持ちは自然ですが、扱う資料の性質を考えると、入れ方を先に決めておく必要があります。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは第3版が公表されており、仲介者やファイナンシャルアドバイザーに求められる規律と、士業等専門家の関与の場面を整理しています。

資料の量ではなく、秘密の濃さで手順が決まる

デューデリジェンスの現場で生成AIを使いたくなる理由は明確です。契約書の一覧化、就業規則と実態の突き合わせ、議事録からの論点抽出。どれも読む量が多く、構造化すれば速くなる作業です。

一方で、この局面の資料は、案件の中でもとりわけ秘密の濃度が高い部類に入ります。譲り渡し側にとっては、取引が成立しなかった場合に情報だけが外に出る事態が最も避けたい結果です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版は、譲り渡し側の情報を開示する前に買い手と秘密保持契約を締結し、その買い手にネームクリアを行ってよいかを譲り渡し側から同意を取ることを、仲介者に求められる対応として整理しています(出典: 中小企業庁 中小M&Aガイドライン(第3版))。誰に何をいつ開けるかを段階で管理する構造が、この分野の前提になっています。

同ガイドラインは、デュー・ディリジェンスについて、譲り渡し側における各種のリスク等を精査するため、主に譲り受け側がファイナンシャルアドバイザーや士業等専門家に依頼して実施する調査であるとし、調査項目は資産・負債等に関する財務調査や株式・契約内容等に関する法務調査等から構成されると説明しています(出典: 同ガイドライン)。つまり士業は、この調査を担う側として資料を受け取る立場に立ちます。受け取った資料の扱いは、そのまま自分の守秘義務の話になります。

もう一点、同ガイドラインが触れている論点があります。譲り渡し側が経営者保証の扱いについて士業等専門家や金融機関等への相談を希望する場合に、その実施を拒まず、仲介契約等における秘密保持条項の対象から相談先を除外することが求められるという整理です(出典: 同ガイドライン)。秘密保持は情報を閉じるためだけの仕組みではなく、必要な相談先を明示的に開けておく設計とセットで機能します。生成AIをどこに置くかを考えるときも、同じ発想が使えます。閉じたうえで、どこを開けるかを書いておく。

士業のチカラでは、事務所自身のナレッジ整理を士業事務所の事業承継は業務標準化からで扱いました。自分の事務所の情報を整理するのと、他社の秘密情報を預かって整理するのとでは、必要な設計が変わります。この記事は後者の話です。

資料受領から報告書まで、7工程に分けて設計する

以下は、DD業務に生成AIを組み込む場合の7工程です。判断と結論は有資格者が持ち、AIは整理と抽出に限定します。

第1工程は、契約の確認です。譲り受け側との業務委託契約と、案件に関する秘密保持契約を先に読み直します。第三者への開示や再委託の扱いがどう書かれているかを確認します。外部のクラウドサービスに資料を入力する行為が、契約上どう位置づけられるかは、この文言によって変わります。ここが読めていない段階でツールを使い始めるのが、最も避けたい入り方です。

第2工程は、資料の区分です。受領した資料を、秘密の濃さで3段階に分けます。公開情報から作られているもの、社内限りのもの、個人が特定される情報や取引先の秘密を含むもの。区分の作業自体は職員が行い、判断に迷ったものは有資格者が振り分けます。この区分表が、以降の工程すべての土台になります。

第3工程は、投入先の決定です。区分ごとに、どのツールを使うかを決めます。学習利用の有無、保存期間、保存場所、契約形態を確認したうえで割り当てます。確認できない項目が残るサービスには、上位の区分の資料を入れない運用が扱いやすくなります。

第4工程は、一次整理です。契約書の一覧化、期日の抽出、条項の分類といった作業をAIに任せます。ここで重要なのは、AIに結論を書かせないことです。抽出は任せ、評価は残す。士業のチカラの事務所のAI利用ログを監査証跡にするでも扱ったとおり、この工程で何を入力したかの記録が後で効きます。

第5工程は、突き合わせです。AIの出力と原本を照合します。契約書の日付、金額、当事者名は、一件ずつ原本を開いて確かめます。抽出の精度が高いほど、この工程を省きたくなりますが、ここを飛ばすと第6工程の質が下がります。

第6工程は、論点の組み立てです。抽出された事実から、どこが案件のリスクになるかを組み立てます。ここは有資格者の仕事です。過去の類似案件との比較や、業界特有の慣行の読み取りは、資料の中に書かれていません。

第7工程は、報告書の作成と記録の整理です。報告書の下書きにAIを使う場合も、根拠として引く資料の該当箇所は人が指定します。案件終了後に、入力した資料と生成した出力をどう処理するかも、この工程で決めておきます。契約に返還や削除の定めがある場合は、その対象にAIサービス側の保存データが含まれるかを確認します。

契約書の一覧化には、次のようなプロンプトが使えます。

あなたは資料整理を手伝うアシスタントです。
以下の契約書テキストから、次の項目だけを抽出して箇条書きにしてください。
(1) 契約当事者の名称
(2) 契約日と契約期間
(3) 解除条項の有無と、該当する条番号
(4) 支配権の変動に関する条項の有無と、該当する条番号
(5) 秘密保持条項の有無と、該当する条番号
記載がない項目は「記載なし」と書いてください。
リスクの評価や、契約の有効性についての判断は書かないでください。
抽出の根拠になった文言を、項目ごとに1行だけ引用してください。

契約書テキスト:
(ここに貼り付ける)

論点の候補を洗い出すときは、次のプロンプトが使えます。

以下は、複数の契約書から抽出した項目の一覧です。
次の3つに仕分けて、箇条書きで整理してください。
(1) 項目に欠落があり、追加資料の依頼が必要なもの
(2) 記載内容に相互の食い違いがあるもの
(3) 記載は揃っているが、内容の確認が必要と考えられるもの
仕分けの理由を1行で添えてください。
案件としての評価、成立の見通し、価格への影響は書かないでください。

抽出項目一覧:
(ここに貼り付ける)

2つ目のプロンプトで評価を禁じているのは、AIの推測が報告書の論調に混ざるのを防ぐためです。仕分けまではAIに任せ、そこから先は有資格者が引き取ります。

預かった秘密をどこまでAIに通せるか

DD業務で扱う情報は、依頼者の秘密であると同時に、対象会社とその取引先の秘密でもあります。だからこそ、根拠となる守秘義務は職種ごとに確認しておく必要があります。

公認会計士法第27条は、公認会計士が正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないこと、公認会計士でなくなった後も同様であることを、秘密を守る義務として定めています。弁護士法第23条は、弁護士または弁護士であった者が職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負うこと、法律に別段の定めがある場合はこの限りでないことを定めています。生成AIへの入力がこれらの条文との関係でどう位置づけられるかは、入力先の仕様と契約の内容によって変わる論点です。

個人データを含む資料を外部サービスに送る場面では、個人情報の保護に関する法律第27条の第三者提供の制限も検討の対象になります。同条は本人の同意を原則としたうえで、利用目的の達成に必要な範囲内で取扱いを委託することに伴って提供される場合について、提供先を第三者に該当しないものとする規定を置いています。従業員名簿や取引先担当者の情報は、DD資料の中に当たり前に含まれます。

実務では、次の3点を案件ごとに決めておくと動きやすくなります。ひとつ目は、AIを使う旨を依頼者に事前に伝えるかどうかです。伝える場合は、どのツールをどの範囲で使うかまで示すと、後の説明が楽になります。ふたつ目は、区分の最上位に置いた資料の扱いです。入力しないと決めるのか、閉域で動くツールに限るのか、匿名化してから入れるのか。みっつ目は、案件終了後の処理です。ツール側に残るデータの扱いを、契約上の資料返還や削除の定めと突き合わせます。

もう一つ触れておきたいのは、譲り渡し側の従業員に関する情報の扱いです。案件が公表される前の段階では、従業員は自社が対象になっていることを知りません。その状態で人事データが外部サービスへ送られることの意味を、事務所として一度考えておく必要があります。技術的に可能かどうかと、案件の性質上ふさわしいかどうかは別の問いです。

現場で起きやすい3つの失敗

ひとつ目は、区分を作らずに始めてしまう失敗です。急いでいる案件ほど、手元の資料から順に処理したくなります。結果として、最も秘密の濃い資料が最初に外部サービスへ入ります。回避策は、区分表を作るまでツールを開かないという単純な順序の固定です。

ふたつ目は、AIの出力を報告書にそのまま流用する失敗です。抽出結果は便利ですが、条項の解釈や欠落の意味づけまでAIに書かせると、根拠のない断定が報告書に混じります。抽出と評価を工程として分けておくことが防波堤になります。

みっつ目は、案件終了後の処理を決めていない失敗です。案件が終わると担当者の関心は次に移り、入力した資料はサービス側に残ったままになります。契約の終了時点で何を消し、何を残すかを、開始時点で決めておく形が扱いやすくなります。

費用と体制をどう見積もるか

ツールの費用よりも、区分と確認の工数が支配的になります。区分表の作成は案件の規模によりますが、資料の種類ごとに割り振る作業なので、資料の点数ではなく種類の数で見積もると近い数字になります(出典: 士業のチカラ編集部による業務設計の想定であり、公表された調査に基づく数値ではありません)。

体制面では、区分の判断を誰が行うかを先に決めます。担当者が個別に判断すると、案件をまたいだときに基準がぶれます。事務所として1つの基準表を持ち、案件ごとに当てはめる形にすると、引き継ぎも楽になります。職員の習熟については、士業のチカラの生成AI職員研修のカリキュラム設計も参照できます。

事業承継支援でAIをどう位置づけるか

中小企業の事業承継は今後も件数が積み上がる領域で、士業が関与する場面も増えます。そこで生成AIが効くのは、読む量の圧縮です。ただし、圧縮した先で何を見つけるかは、経験の側にあります。AIが整理を担う分だけ、有資格者の時間は論点の組み立てに回せます。

論点として残るのは2つです。ひとつは、DD資料をAIに通すことについて、業界としての共通の作法がまだ定まっていないことです。もうひとつは、譲り渡し側が自社の資料をどう扱われるかを知る手立てが乏しいことです。前者は事務所の方針として先に決められます。後者は、説明の仕方を工夫することで、案件の信頼性を高める材料になります。

よくある質問

DD資料を生成AIに入れてよいのでしょうか

案件ごとの判断になります。判断の材料は、業務委託契約と秘密保持契約の文言、入力先サービスのデータ取扱い、資料に含まれる情報の性質の3つです。契約に第三者提供や再委託の制限がある場合、外部サービスの利用がそこにどう位置づけられるかを先に確認する流れになります。

依頼者にAIの利用を伝える必要はありますか

法令上一律の定めがある領域ではないため、事務所として決めることになります。実務上は、使う旨と範囲を事前に伝えておくことで、後から問われたときの説明が明快になるという利点があります。伝える場合は、ツール名と使う工程まで示すと具体的です。

匿名化すれば入力してよいことになりますか

匿名化の程度によって話が変わるため、一律には言えません。社名や個人名を伏せても、事業内容や取引の組み合わせから対象が推測できる場合があります。特に地域が限定される案件では、伏せ字の効果が小さくなります。匿名化を前提にするなら、どこまで伏せるかの基準を作る作業が伴います。

秘密保持契約に生成AIの条項を入れるべきでしょうか

決まった型はありません。実務では、外部サービスの利用の可否、利用する場合の範囲、案件終了後のデータの取扱いを書き込む例があります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、相談先を秘密保持条項の対象から除外する整理を示しており、閉じる範囲と開ける範囲を明示する設計の参考になります。

案件が中止になった場合、入力したデータはどうなりますか

サービスの仕様と契約次第です。削除の求めに応じる仕組みがあるか、保存期間はどれくらいかを、案件開始前に確認しておく必要があります。中止は珍しいことではないため、開始時点で終了時の手順まで決めておく形が現実的です。

財務DDと法務DDでツールを分ける意味はありますか

分ける事務所と分けない事務所の両方があります。分ける利点は、扱うデータの性質に合わせて権限と保存の設定を変えられることです。分けない利点は、運用が単純になることです。どちらを採るにせよ、どの資料がどのツールに入ったかを記録できることが条件になります。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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