AIツールの棚卸しとは、契約中のサービスを一覧化して継続の可否を決める作業のことです。
事務所のクレジットカード明細に、契約した覚えの薄いAIサービスの名前が並んでいないでしょうか。試用のつもりで入れたツール、担当者が個人で申し込んだプラン、機能が重なっているのに両方残っている組み合わせ。この記事では、士業事務所が年に一度、AIツールの契約を棚卸しして統合する手順を7つに分けて整理します。なお本記事は有資格者による確認を経ていない記事であり、実際の運用は各事務所の判断で組み立ててください。中小企業基盤整備機構の調査では、適切なベンダーや製品を選定する情報が十分にあるとはいえないと答えた割合が79.8%にのぼっています(出典: 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月))。
契約が増えるのは、選定情報が足りないまま試すから
AIツールの契約が積み上がる背景には、選ぶための情報が足りていないという事情があります。中小企業基盤整備機構が2026年3月に公表した実態調査では、適切なベンダーや製品を選定する情報が十分にあるという設問について、あまり当てはまらないと全く当てはまらないの合計が79.8%、成功事例や活用事例などの情報が十分に入手できているかについては同じく83.3%という結果でした(出典: 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月))。事前に比較しきれないから、まず試す。試したものが残る。この繰り返しで契約が増えます。
同じ調査では、AI導入済みの企業で最も利用されているのは生成AIで82.6%、次点の音声認識・音声対話AIは29.8%です(出典: 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月))。生成AIに利用が集中しているということは、機能の重複が起きやすいということでもあります。文章の要約も、下書きも、翻訳も、複数のサービスが同じことをできる状態になっています。
士業事務所で契約が増えやすいのは、次の4つの経路です。第一に、有資格者ごとに好みのサービスを契約している。第二に、業務システムに付属するAI機能とは別に、汎用のAIサービスを契約している。第三に、試用のつもりで始めた月額課金が自動更新で続いている。第四に、退職した職員が申し込んだアカウントが残っている。いずれも、契約時点では合理的な判断だったものが、積み上がって全体像を失う形です。
棚卸しの目的は、費用の削減だけではありません。むしろ士業事務所にとって重いのは、どのサービスに顧客情報が入っているかを把握できなくなることです。契約の一覧がない状態は、守秘義務の観点から見ると、情報の所在が分からない状態と同じです。ツール選定そのものの判断軸は当媒体のMCPとA2AがAAIFに集約 士業事務所のAIツール選定7判断軸に整理してあります。本記事は、すでに契約してしまったものをどう畳むかに絞ります。
契約を一覧化してから統合するまでの7手順
年に一度、決算期か年度替わりに合わせて回す手順として組みます。想定は、職員数が数人から数十人規模の事務所です。
手順1 支払いの経路から契約を洗い出す
最初にやるのは、機能から探すのではなく、お金の流れから探すことです。事務所のクレジットカード明細、口座振替、経費精算の申請、アプリストアの購読の4経路を、直近12か月分さかのぼります。機能から探すと、誰も使っていないサービスが漏れます。
洗い出しの粒度は、サービス名、契約者、支払方法、月額または年額、課金単位、契約更新日の6項目です。この段階では評価をせず、一覧を作ることに徹します。
手順2 個人契約と事務所契約を分ける
洗い出した一覧を、事務所名義と個人名義に分けます。個人名義の契約が業務で使われている場合、事務所としてはデータの所在も利用条件も管理できません。ここで見つかった個人契約は、事務所契約への移行か、業務利用の停止かのいずれかに振り分けます。
この作業で、いわゆる私物利用の実態も見えます。職員が自分のアカウントで顧客の資料を要約している状態は、費用の問題ではなく守秘義務の問題として扱う必要があります。
手順3 機能の重複を洗い出す
一覧ができたら、機能で束ねます。束ね方は、文章の生成と要約、音声の文字起こし、文書の検索、業務システム連携、その他という5つの分類が扱いやすい形です。同じ分類に2つ以上のサービスが並んでいたら、重複の候補になります。
以下のサービス一覧を、機能の分類ごとに整理してください。
各サービスの機能について推測で補うことはせず、与えられた説明の範囲でのみ分類してください。
分類:
1. 文章の生成・要約
2. 音声の文字起こし・議事録
3. 文書の検索・ナレッジ参照
4. 業務システムとの連携
5. 上記に当てはまらないもの
各サービスについて、次を出力してください。
- サービス名
- 分類(複数該当する場合はすべて)
- 同じ分類に含まれる他のサービス名(重複の候補として)
- 説明が不足していて分類できない場合は「情報不足」と出力
サービス一覧:
(サービス名と、契約時の想定用途を1行ずつ記載)
手順4 実際の利用状況を確認する
重複の候補が出たら、実際に使われているかを確認します。確認の方法は3つあります。第一に、管理者機能があるサービスであれば、直近3か月のアクティブユーザー数を見る。第二に、担当者に直接聞く。第三に、成果物にそのサービスの出力が使われているかを案件記録で確認する。
管理者機能の有無は、この局面で効いてきます。誰が使っているか分からないサービスは、そもそも継続の判断ができません。ライセンス管理と権限設定の考え方は、当媒体のChatGPT Workが2,000万人|士業が導入前に決める権限とコストで扱っています。
手順5 データの所在と契約条件を確認する
継続を検討するサービスについて、契約条件を確認します。確認するのは、学習利用の有無、データの保存期間、保存場所、事業者内部のアクセス権限、解約後のデータの扱い、エクスポート機能の有無の6項目です。
事業者向けの提供では、入力したデータをモデルの学習に用いない旨が明示されている例があります。OpenAIは法人向けの提供において、既定では入力・出力をモデルの訓練に使用しない旨を公開しています(出典: OpenAI Enterprise privacy)。ただし学習利用の有無と保存の有無は別項目です。解約を決めたサービスについては、解約前にデータのエクスポートが必要かどうかを、この段階で判断します。
手順6 統合か解約かを決めて、移行の段取りを組む
判断は3択にします。継続、統合先へ寄せて解約、そのまま解約の3つです。統合する場合は、移行の段取りを組みます。移行で見落としやすいのは、蓄積したプロンプトや設定、共有していたテンプレート、外部サービスとの連携設定の3つです。
以下の条件で、AIサービスの解約前チェックリストを作ってください。
サービス固有の仕様を推測して補うことはせず、確認すべき項目の設計に限定してください。
条件:
- 対象は士業事務所が業務で使っていたAIサービス
- 顧客情報を入力した可能性があるサービスを含む
- 確認の観点は、データの持ち出し、データの削除、他サービスとの連携解除、
請求の停止、アカウントの無効化の5つ
- 各項目に、確認者と確認期限の欄を設けること
- 解約後に確認できなくなる項目は、その旨がわかるように並べること
出力は、観点ごとに項目を箇条書きで並べ、各項目に確認者・期限・備考を添えてください。
手順7 契約台帳を作り、次回の棚卸しを予定する
最後に、残ったサービスを契約台帳として整えます。台帳の項目は、サービス名、用途、契約者、月額または年額、課金単位、契約更新日、管理者、学習利用の有無、保存期間、入力を認める情報の類型の10項目です。
そして、次回の棚卸しの日程を決めます。年1回であれば、契約更新が集中する月の1か月前に置くのが実務的です。台帳を作って終わりにすると、翌年また同じ作業を最初からやり直すことになります。
7手順を通して、生成AIが担当するのは手順3の分類と手順6のチェックリスト作成だけです。判断はすべて人が持ちます。棚卸しは判断の連続であり、判断を委ねる作業ではないためです。
契約一覧そのものが、守秘義務の管理の前提になる
棚卸しを費用削減の作業として捉えると、士業事務所にとっての本題を外します。本題は、顧客情報がどこにあるかを把握できているかどうかです。
各職種の守秘義務は、それぞれの法律に根拠があります。弁護士については弁護士法第23条が職務上知り得た秘密を保持する権利と義務を定め(e-Gov法令検索 弁護士法第23条)、税理士については税理士法第38条が、正当な理由がなく税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならない旨を定めています(e-Gov法令検索 税理士法第38条)。社会保険労務士については社会保険労務士法第21条が同趣旨の規定を置いています(e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条)。
これらの義務は、事務所がどのサービスを使っているかによって内容が変わるものではありません。ただし、義務を果たしていることを説明できるかどうかは、契約の把握状況によって変わります。契約の一覧がなければ、顧客から情報の取扱いについて問われたときに、事務所として答えられません。
個人情報を含むデータを扱う場合には、個人情報の保護に関する法律の規定も関わります。同法第27条は、個人データの第三者提供に関する規定を置いています(e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第27条)。委託先の管理という観点からも、どの事業者にどの情報が渡っているかの一覧は、管理の前提になります。
棚卸しで作った契約台帳を、事務所規程と接続させると運用が締まります。接続の仕方は、規程には利用を認めるサービスの類型と入力してよい情報の類型を書き、具体的なサービス名は台帳の別表に置く形です。この構造にしておくと、サービスを入れ替えても規程本体を直す必要がありません。
顧客への説明としては、事務所が業務でどの類型のAIサービスを利用しているかを、顧問契約の更新時などに伝える形が取りやすいでしょう。個別のサービス名まで伝える必要があるかは事務所の判断ですが、聞かれたときに答えられる状態にしておくことと、能動的に伝えることは分けて考えられます。
棚卸しでよくつまずく3つの場面
1つ目は、機能一覧から始めてしまう場面です。使っているサービスを思い出しながら書き出すと、誰も使っていない契約が漏れます。漏れたものは翌年も課金され続けます。回避策は手順1で、支払いの経路から洗い出すことです。
2つ目は、担当者が使っているという理由だけで継続を決めてしまう場面です。使っていること自体は継続の理由になりますが、他のサービスで代替できるかどうかは別の検討です。回避策は手順3で機能の重複を先に出し、そのうえで手順4の利用状況を見ることです。順序を逆にすると、重複が残ります。
3つ目は、解約後にデータが取り出せなくなる場面です。過去の議事録や生成した文書がサービス内にしか存在しない状態で解約すると、記録が失われます。案件記録の一部が消えると、後の説明ができなくなります。回避策は手順5で、解約前にエクスポートの要否を判断することです。
3つに共通するのは、順序を守れば避けられるという点です。棚卸しの難しさは判断の難しさではなく、順序を飛ばしたくなる誘惑にあります。
棚卸しにかかる工数と、担当の置き方
工数は、洗い出し、確認、判断、移行の4段階に分かれます。
洗い出しは、支払いの経路が整理されている事務所であれば、担当者の作業として半日から1日程度の範囲に収まることが多いでしょう。経費精算がばらけている場合は、この段階に時間がかかります。確認は、サービス数に比例します。契約条件の確認は1サービスあたり短時間ですが、事業者への問い合わせが必要になると日数が伸びます。
判断は、事務所として決める会議を1回設ければ足ります。継続、統合、解約の3択に整理してから会議に持ち込めば、議論は短く済みます。移行は、統合するサービスの数と、蓄積したデータの量に比例します。
担当の置き方としては、洗い出しと確認を事務職員が持ち、判断を有資格者が持つ分担が組みやすい形です。ただし手順2の個人契約の扱いと、手順5のデータの所在の確認は、守秘義務の判断が絡むため、有資格者が関与する工程として設計します。費用対効果の測り方については、当媒体の生成AIで年200時間減ったら報酬をどうするか 試算と6手順も参考になります。
契約の数より、把握できているかが問われる
AIサービスの数は今後も増えます。業務システムにAI機能が組み込まれる流れも進んでおり、契約の境界はさらに見えにくくなります。事務所として重要なのは、契約数を減らすことそのものではなく、いま何を契約していて、どこに何が入っているかを把握できている状態を保つことです。
論点として残るのは3つあります。第一に、業務システムに付属するAI機能をどう台帳に載せるかです。単体の契約ではないため見落としやすく、しかし顧客情報が流れる経路としては同じです。第二に、棚卸しの頻度です。年1回では追いつかない事務所も出てきます。契約数が一定を超えたら半期に一度へ移す判断が必要になります。第三に、統合を進めすぎたときの依存です。1つのサービスに寄せると管理は楽になりますが、そのサービスが仕様変更や値上げをしたときの影響が集中します。
いずれも正解が決まっている論点ではありません。決められるのは、台帳を持つかどうかだけです。台帳があれば、判断の材料は毎年そろいます。
よくある質問
棚卸しはどのくらいの頻度で行うべきですか
年1回を基本とし、契約数が増えたら半期に一度へ移す形が組みやすいでしょう。時期としては、契約更新が集中する月の1か月前に置くと、解約の判断が更新に間に合います。
職員が個人契約しているAIサービスはどう扱えばよいですか
事務所契約への移行か、業務利用の停止かに振り分ける形が基本になります。個人名義の契約では、事務所としてデータの所在も利用条件も管理できず、守秘義務の履行状況を説明しにくくなります。各職種の守秘義務は弁護士法第23条、税理士法第38条、社会保険労務士法第21条などにそれぞれ規定があります(e-Gov法令検索 弁護士法第23条)。
契約一覧をAIに作らせてもよいですか
一覧の作成そのものは支払い記録からの転記作業であり、AIに任せる必要はありません。本記事の手順で生成AIを使うのは、手順3の機能分類と手順6のチェックリスト作成の2か所です。サービス名と用途だけを渡す形であれば、顧客情報を入力せずに済みます。
使っていないサービスでも、解約せず残す理由はありますか
過去のデータがそのサービス内にしか存在しない場合は、解約前にエクスポートの要否を判断する必要があります。案件記録の一部がサービス内にある状態で解約すると、後から取り出せなくなります。手順5で確認する項目です。
複数の生成AIを併用するのは無駄ですか
用途が分かれていれば併用の理由になります。ただし中小企業のAI導入では生成AIの利用が82.6%と集中しており(出典: 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月))、機能の重複は起きやすい状況です。併用を続けるなら、どの業務でどちらを使うかの線引きを台帳に書いておくと、判断がぶれません。
業務システムに付いているAI機能も台帳に載せるべきですか
顧客情報が流れる経路という観点では、単体契約のサービスと同じです。単体の請求として現れないため見落としやすく、意識して拾う項目になります。台帳では、契約の形態を単体と付属で分けて記載する方法があります。
台帳は誰が管理するのがよいですか
更新の実務は事務職員が持ち、入力を認める情報の類型や解約判断は有資格者が持つ二層構造が組みやすい形です。守秘義務の判断が絡む項目を事務側だけに任せると、判断が止まります。
まとめ
AIツールの契約が積み上がるのは、選定情報が不足したまま試す段階が続いているためで、中小企業基盤整備機構の調査でもベンダーや製品の選定情報が不足しているという回答が79.8%にのぼっています(出典: 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月))。棚卸しは、支払い経路からの洗い出し、個人契約と事務所契約の分離、機能の重複の抽出、利用状況の確認、データの所在と契約条件の確認、統合か解約かの決定、契約台帳の作成という7手順で回せます。費用の削減はその副産物であって、本題は顧客情報がどこにあるかを説明できる状態を保つことです。台帳を持ち、規程の別表として接続しておけば、サービスが入れ替わっても管理の型は残ります。
参考文献
- 中小企業基盤整備機構 中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(2026年3月)調査結果のポイント
- e-Gov法令検索 弁護士法第23条
- e-Gov法令検索 税理士法第38条
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第27条
- OpenAI Enterprise privacy
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