SSBJ基準とは、日本のサステナビリティ開示の内容を定めた基準のことです。
サステナビリティ開示の話は長く制度論として語られてきましたが、内閣府令の改正で日程が確定した以上、監査法人と会計事務所にとっては工程の話に変わりました。この記事では、いつ誰に適用されるのかを一次情報で確認したうえで、開示情報の収集と点検に生成AIをどこまで噛ませられるか、そして守秘義務と独立性の観点で何を決めておくかを扱います。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。金融庁の公表によると、改正内閣府令は令和8年2月20日付で公布・施行されました(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。
適用時期を分ける平均時価総額3兆円という線
金融庁は令和8年2月20日、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正を公布・施行しました。この改正で、開示府令第19条の9として、金融庁長官が指定する取引所金融商品市場に上場する会社のうち、平均時価総額が1兆円以上の会社に対し、一般に公正妥当と認められるサステナビリティ情報の作成及び開示に関する基準に従って有価証券報告書等にサステナビリティ情報を記載することを求める規定が置かれました。指定される市場は東京証券取引所プライム市場、指定される基準はサステナビリティ基準委員会が令和8年2月20日までに公表したSSBJ基準です(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。
実務上の分岐点は、適用時期の書き分けにあります。同じ公表資料によると、この改正規定は令和10年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されますが、令和8年3月31日以後に終了する事業年度の末日を基準とした平均時価総額が3兆円以上である会社については、令和9年3月31日以後に終了する事業年度から適用されます。つまり、2027年3月期から始まる先行組と、2028年3月期から始まる本隊が分かれる構造です(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。この2段構えは、監査法人にとっては先行組の実務を1年分見てから本隊に臨めるという意味を持ちます。逆に言えば、先行組を抱えている法人は参照できる前例がないまま初年度を迎えることになります。
平均時価総額の判定方法も明示されています。有価証券報告書等の対象事業年度の前事業年度の末日と、その前4事業年度の末日における時価総額の平均値で判定し、当該前事業年度の末日までに上場後5事業年度が経過していない場合は、経過した事業年度の各末日の平均値で判定するとされています(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。顧問先や監査先が対象になるかどうかは、直近の株価ではなく5期分の平均で決まるという点が、事前の当たりをつけるうえで重要です。
加えて、経過措置として二段階開示が用意されています。SSBJ基準の適用開始年度とその翌年度については、SSBJ基準に従って記載すべきサステナビリティ情報を記載しないことができ、その場合はそれぞれの翌期の半期報告書の提出期限までに、当該事項を記載した訂正報告書を提出することが可能とされています。Scope3温室効果ガス排出量については、差異が生じる要因や推論過程等、社内の開示手続等が一般に合理的と考えられる範囲で具体的に記載されている場合に虚偽記載等の責任を負うものではないとする考え方が、企業内容等開示ガイドラインで明示されました。有価証券報告書そのものの提出義務は金融商品取引法第24条に置かれており、サステナビリティ情報はその中の記載事項として組み込まれる位置づけです。監査の側でのAI利用の整理はJICPA研究文書第11号を事務所規程に落とす論点で扱っています。
開示準備をAIで支える6工程
先行組の2027年3月期を起点に逆算すると、監査法人側でも顧問先支援側でも、2026年度中に体制を作る必要があります。生成AIを使える工程と、人が担う工程を分けて組みます。
第1工程は、対象判定の一次スクリーニングです。プライム上場先について、直近5期の期末時価総額を並べて平均を取る作業は、表計算とスクリプトで機械的に処理できます。生成AIはこの計算そのものより、判定結果を一覧にまとめて、境界線付近の先を抽出する整理の部分で使えます。3兆円の線に近い先は、期末株価の動きで先行組に入るかどうかが変わるため、モニタリング対象として別枠にします。判定の基準日と平均の取り方は改正内容として公表されています(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。判定結果は一度作って終わりではなく、期末ごとに更新する台帳として持っておくと、翌期の当たりがすぐにつきます。
第2工程は、SSBJ基準の要求事項と現行の統合報告書やサステナビリティ報告の突き合わせです。既に任意開示をしている企業は少なくありませんが、任意開示と基準準拠の開示では粒度も範囲も異なります。既存資料をアップロードし、要求事項ごとに記載の有無を分類させる使い方が、初期のギャップ分析を短縮します。ただし、分類結果をそのまま報告書に載せることはできません。分類のたたき台として使い、最終判断は担当の会計士が行う前提で組みます。
第3工程は、Scope1・2の排出量データの収集経路の可視化です。どの部署が、どのシステムから、どの頻度で数値を出しているかを図に落とします。生成AIは、担当者へのヒアリングメモから収集フローの下書きを作る用途で使えます。ここで作った図は、後の保証対応でそのまま使える資料になります。排出量データは会計データと違い、そもそも社内に台帳が無い企業が多い領域です。電力使用量なら請求書、燃料なら購買記録というように、既存の証憑から辿れる経路をまず洗い出し、辿れないものを新設のデータ取得として切り分けます。この切り分けができていないと、後で数字が動いたときに原因を特定できません。
第4工程は、将来情報とScope3の推論過程の文書化です。改正では、将来情報やScope3温室効果ガス排出量に関する定量情報について、推論過程等に関する記載と、これらの情報に係る社内の開示手続の記載を求めることとされています(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。推論過程を文章にする作業は、担当者が書くと前提条件が抜けがちです。生成AIに構成を作らせ、抜けている前提を質問させる使い方が向いています。
第5工程は、二段階開示を使うかどうかの整理です。適用開始年度とその翌年度に記載を先送りする選択肢がある以上、使うか使わないかは経営判断の対象になります。先送りした場合に翌期の半期報告書提出期限までに訂正報告書を出す必要があることを含め、スケジュールの比較表を作って経営層に示します。先送りは楽になる選択に見えますが、訂正報告書の作成という別の作業が翌期に乗ります。準備が間に合わないから先送りするのか、初年度は精度を高めてから出したいから先送りするのかで、後の進め方が変わります。
第6工程は、会計士による最終確認です。ギャップ分析の結果、推論過程の記載、二段階開示の適用判断のいずれも、生成AIの出力をそのまま採用する性質のものではありません。工程表の中に、担当会計士が全体を通しで見る時間を独立して確保します。
ギャップ分析のたたき台を作る指示文の例です。ChatGPT、Claude、Geminiのいずれでも動きます。
あなたはサステナビリティ開示の実務を支援するアシスタントです。
以下の2つの資料を突き合わせ、記載のギャップを整理してください。
【資料A】開示基準の要求事項一覧(貼り付け)
【資料B】当社の既存サステナビリティ報告の目次と本文抜粋(貼り付け)
【出力形式】
要求事項ごとに、次の3分類で1行ずつ整理してください。
- 記載あり(資料Bの該当箇所を引用)
- 部分的に記載(不足している要素を具体的に書く)
- 記載なし(新規に必要な情報源の候補を書く)
資料Bに書かれていない内容を推測で補わないでください。
判断できない項目は「要確認」と明記してください。
これは担当者が検証するためのたたき台であり、最終判断は会計士が行う前提で作成してください。
推論過程の文書化を支える指示文の例です。実在企業の名称や実数値は入れず、架空の甲社として書きます。
あなたは開示文書のドラフト作成を手伝うアシスタントです。
架空の甲社(製造業・連結子会社18社)を前提に、
Scope3排出量の算定にあたって用いた前提条件と推論過程を説明する文章の骨子を作ってください。
【骨子に含める要素】
- 算定に用いたデータの出所と取得時点
- 一次データと二次データ(原単位等)の使い分けの考え方
- 見積りを用いた範囲と、その見積りが必要になった理由
- 前期からの算定方法の変更点と、変更した理由
- 数値の確からしさを社内で確認した手続
各要素は箇条書きではなく1要素1段落の文章にしてください。
数値そのものは書かず、どのような数値をどこから持ってくるかの説明に留めてください。
保証対応と守秘義務で先に決める3つのこと
第1は、保証業務の制度整備が現在進行形であるという前提を共有しておくことです。金融審議会のサステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループでは報告がまとめられており、公表資料として確認できます(出典: 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告)。保証の水準や範囲、保証業務提供者の登録の枠組みは、今後の制度整備の内容によって実務が変わる領域です。現時点の資料で確定している部分と、まだ動く部分を分けて顧問先に伝える姿勢が、後の説明のやり直しを減らします。
第2は、守秘義務の建て付けです。公認会計士法第27条は秘密を守る義務として、正当な理由がなく、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定めています。サステナビリティ情報には、公表前の設備投資計画や取引先別の調達データなど、未公表の経営情報が含まれます。これらを外部の生成AIサービスに投入する場合、どのサービスのどのプランを使い、入力データが学習に使われない設定になっているかを、事務所として確認した記録を残す形が実務的です。行政の考え方の確認先としては個人情報保護委員会の公表資料があります。
第3は、監査先との関係における独立性の整理です。開示準備の支援と、その開示に対する保証は、担い手が同じでよいのかという論点があります。生成AIを使うと支援の生産性が上がるぶん、支援の範囲が広がりやすくなります。どこまでが助言で、どこからが被監査会社の経営判断への関与になるのかを、AI導入の前に線として引いておくほうが安全です。日本公認会計士協会の公表資料は日本公認会計士協会で確認できます。倫理規則の改正動向はJICPA倫理規則Q&Aの改正と報酬依存度ルールで整理しています。
事務所規程に落とすなら、運用例として次の4項目が考えられます。1つ目は、サステナビリティ関連の未公表情報のうち、生成AIに投入してよい情報の範囲。2つ目は、使用を認めるサービスとプランの一覧、および学習利用の設定を確認した記録の保存場所。3つ目は、AIの出力を成果物に反映する前の確認者と確認方法。4つ目は、監査先向けの支援業務でAIを使う場合の事前承認の手続です。生成AIの動向は制度より速く動くため、一覧は四半期ごとに見直す運用にしておくと現実に追いつきます。加えて、監査調書に生成AIの利用状況をどう残すかも決めておく領域です。どの工程でどのツールを使い、出力をどう検証したかが調書から辿れないと、後任の担当者も品質管理レビューも経過を再現できません。使ったこと自体を隠す方向ではなく、使い方を説明できる形で残す設計にしておくほうが、結果として説明が楽になります。
準備段階で起きやすい3つの失敗
1つ目は、対象判定を直近の時価総額だけで済ませてしまう失敗です。判定は前事業年度末日とその前4事業年度末日の平均値で行うとされていますので(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)、直近が3兆円を割っていても平均では超える先、逆に直近が高くても平均では届かない先が出ます。5期分を並べる作業を省くと、先行組かどうかの判断を間違えます。判定を誤ると、支援の着手が1年遅れるか、不要な前倒しで工数を空費するかのどちらかになります。
2つ目は、生成AIが出力したギャップ分析をそのまま社内資料として配ってしまう失敗です。要求事項の分類は文書の読み取りに依存しますから、記載が別の章に散っている場合に記載なしと分類されることがあります。分類結果を配布資料にする前に、記載ありと分類されなかった項目を担当者が原文で確かめる工程を挟みます。
3つ目は、推論過程の記載を数値の説明とすり替えてしまう失敗です。改正で求められるのは推論過程等に関する記載と社内の開示手続の記載であり、数値の内訳の説明とは別のものです。何をどう考えて、どのデータを選び、どこを見積りで埋めたのかという思考の道筋を書く必要があります。生成AIに書かせると、もっともらしい一般論に流れやすい領域なので、自社固有の判断が入っているかを人が確かめます。
費用と体制をどう見積もるか
制度対応の費用は、開示側の準備と保証側の受け入れで性質が異なります。以下は出典のある数値ではなく、体制設計の目安として本記事が置いた試算です。先行組に該当する監査先を1社抱える監査法人であれば、2026年度中のギャップ分析と収集フロー整理の支援に、担当2名で延べ80時間から120時間程度の追加工数を見込む形が現実的です。
生成AIを噛ませて短縮できるのは、資料の突き合わせと文書の骨子作成が中心です。ここは全体の3割から4割程度を占める作業ですが、そのすべてが自動化されるわけではありません。出力を確かめる時間が新たに発生するため、実際の短縮幅は作業時間の2割前後に落ち着くと見ておくと、見込み違いが起きにくくなります。効果測定の方法はAI導入の年間削減時間を検証する手順で整理しています。
体制としては、サステナビリティ開示の担当を専任で置ける規模の法人と、既存の監査チームが兼務する規模の法人で組み方が変わります。兼務で回す場合は、繁忙期と開示準備のピークが重なる時期を先に洗い出し、外部の専門家に依頼する範囲を早めに決めておくほうが動きやすくなります。サステナビリティ開示は会計監査と繁忙期が重なりやすく、3月決算の顧問先が多い事務所ほど衝突します。9月から12月にかけての比較的余裕のある時期に、ギャップ分析と収集フローの整理を終わらせておく段取りが取れると、年明け以降の負荷が下がります。
2027年3月期の先にある論点
先行組の開示が始まると、開示内容の比較が可能になります。同業他社と並べたときに、記載の粒度や前提条件の置き方の差が見えるようになる点が、2028年3月期以降の本隊にとっての実質的な基準になっていきます。先行組の開示をどう読み解いて自社の準備に反映するかが、支援側の腕の見せどころになります。先行組の有価証券報告書が出そろう2027年夏以降に、記載事例を横断で読み込む作業が発生します。ここは生成AIの長文読解が効く場面で、複数社の該当章を並べて論点ごとに整理させる使い方が想定できます。
論点になるのは、AIによる開示文書の作成が広がったときに、企業間で文章が似通ってくる可能性です。推論過程の記載は本来その企業固有の判断を表すものですが、同じような指示文で生成すれば構成も語彙も似ます。似た文章が並んだときに、そこに実質があるのかを確かめる目が、保証の側に求められる方向へ動くと考えられます。
もう一つの論点は、保証業務提供者の裾野の広がりです。監査法人以外の主体が保証を担う枠組みが整備される方向であれば、会計事務所にとっては新たな業務領域になる一方、品質管理の体制をどう作るかという課題が同時に生まれます。金融庁のAIディスカッションペーパーを会計士が読む論点も合わせて確認しておきたいところです。
よくある質問
SSBJ基準はいつから誰に適用されますか
金融庁の公表資料によると、改正規定は令和10年3月31日以後に終了する事業年度から適用され、令和8年3月31日以後に終了する事業年度の末日を基準とした平均時価総額が3兆円以上の会社は令和9年3月31日以後に終了する事業年度から適用されます。対象はプライム市場上場会社のうち平均時価総額1兆円以上の会社とされています(出典: 金融庁 内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について)。
二段階開示とは何ですか
適用開始年度とその翌年度について、SSBJ基準に従って記載すべきサステナビリティ情報を記載しないことができ、その場合はそれぞれの翌期の半期報告書の提出期限までに当該事項を記載した訂正報告書を提出する仕組みです。経過措置として位置づけられており、使うかどうかは各社の判断になります。
生成AIで開示文書をそのまま作ってよいですか
たたき台の作成と最終的な文書の確定は分けて考える必要があります。改正で求められる推論過程の記載は、その企業固有の判断を示すものですから、一般的な文章では実質を欠きます。生成AIには構成づくりと抜けの洗い出しを任せ、内容の確定は担当者と会計士が行う組み方が実務的です。
未公表の経営情報を生成AIに入れても差し支えありませんか
差し支えの有無は、使用するサービスの契約条件と事務所の規程の設計によって変わります。公認会計士法第27条が秘密を守る義務を定めていますので、どのサービスをどの設定で使うかを事務所として決め、確認した記録を残す運用が論点になります。顧問先や監査先への説明をどの時点で行うかも合わせて決めておくと、後から問われたときに経過を示せます。
保証の水準や範囲は決まっていますか
保証に関する制度整備は金融審議会のワーキング・グループで議論され、報告が公表されています。現時点の公表資料で確認できる範囲と、今後の制度整備で確定する範囲を分けて扱う姿勢が求められます。顧問先への説明では、確定していない部分を確定したように伝えないことが重要になります。
小規模な会計事務所にも関係がありますか
直接の適用対象はプライム市場の一部上場会社ですが、その取引先や子会社に対して排出量データの提供が求められる流れが生まれます。中小企業の顧問先を持つ事務所にとっては、データ提供を求められた側をどう支援するかという形で関わることになります。準備を始める時期の判断材料として、先行組の適用開始が2027年3月期であることを押さえておくと動きやすくなります。
AIの利用を規程にどう書けばよいですか
投入してよい情報の範囲、使用を認めるサービスとプラン、出力を成果物に反映する前の確認方法、監査先向け業務で使う場合の事前承認という4つの軸で運用例を書き出す方法があります。規範として定めるのではなく、事務所の運用ルールとして書き、四半期ごとに見直す前提にしておくと、制度とツールの両方の変化に追いつきやすくなります。
参考文献
- 金融庁 企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令の公布及びパブリックコメントの結果について(令和8年2月20日)
- 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告
- サステナビリティ基準委員会(SSBJ)
- 金融庁 企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正案の公表(令和7年11月26日)
- 日本公認会計士協会
- e-Gov法令検索 公認会計士法(第27条)
- e-Gov法令検索 金融商品取引法(第24条)
- 個人情報保護委員会
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本記事の作成体制について
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